特別展妙心寺(東京国立博物館 平成館にて)を観た
関東地方、朝から曇りで一日中すっきり晴れませんでした。
きょうは上野の東京国立博物館 平成館で開催されている、「特別展妙心寺」に出かけました。
朝、9:30開館ですが、9時前に着いたのですが、もう30人くらいの行列でした。
並んでいると、雨がパラついたりしていました。
で、この展示は、東京ではきょうまでなんです。
この後は、
平成21年3月24日(火)~5月10日(日)
京都国立博物館 共催/読売新聞
平成21年10月10日(土)~11月23日(月)予定
名古屋市博物館 共催/中日新聞
平成22年1月1日(金)~2月28日(日)
九州国立博物館 共催/西日本新聞
と、各地を興行?です。
まあ、「開山無相大師六五〇年遠諱を記念しての「妙心寺展」が開催」ですから、全国行脚ですね。
正法山妙心寺は臨済宗妙心寺派の本山で、
インドの達磨大師さまから中国の臨済禅師さまを経て、妙心寺開山無相大師さまへと
受け嗣がれてきた一流の禅を宗旨・教義としています。
1337年、95代の花園法皇さまの勅願によって創建された妙心寺の開山、無相大師さまの法流は
四派に分かれ、全国3400ヶ寺に広がっています。
お釈迦さまを大恩教主と尊崇し、その教えを心にいただく禅の安心を求めます。
開山無相大師さまの最期の教え「請う、其の本を務めよ」と開基花園法皇さまの「報恩謝徳」の聖旨による
仏法興隆を実践します。
ま、これ妙心寺のHPにあります。
妙心寺展1→
残念ながら、
ポスターに掲載されている
「龍虎図屏風」の展示は、
会期前半(1月20日~2月8日)で
終了していました。
従って、きょうは、
「花卉図屏風」が
展示されていました。
平成館→
きょうは天候が悪くて
雲り空ですねー。
隣の館では、
福沢諭吉展が
開催されていたなあ。
禅宗は、法(仏法の真理)が師から弟子へと伝えられることを特に重視する宗派です。
禅は初祖達磨[しょそだるま]によってインドから中国に伝えられ、
のち六祖慧能[ろくそえのう]、臨済義玄[りんざいぎげん]、楊岐方会[ようぎほうえ]、
虚堂智愚[きどうちぐ]を経て、南浦紹明[なんぽじょうみょう]に至ります。
妙心寺の開山(初代住持[じゅうじ])、関山慧玄[かんざんえげん](無相大師[むそうだいし])は、
大応国師[だいおうこくし]南浦紹明から大燈国師[だいとうこくし]宗峰妙超[しゅうほうみょうちょう]へと
伝えられた法を受け継いでいます。この法脈を「応燈関[おうとうかん]」といいます。
は、良くわからないなーー!!??
妙心寺展にて1→
国宝
宗峰妙超[しゅうほうみょうちょう]
墨蹟[ぼくせき]
関山[かんざん]道号[どうごう]
これは、
雲門関[うんもんかん]という
公案によってさとりをひらかれた
関山慧玄[かんざんえげん]
(無相大師[むそうだいし])に、
師の宗峰妙超(大燈国師[だいとうこくし])が
授けた「関山」の道号と、
道号に添えた偈からなる。
愛弟子への激励の意を込めた書。
なのだそうです!!
妙心寺展にて2→
重要文化財 花園法皇像。
妙心寺開創を発願[ほつがん]した
花園法皇(1297~1348)の画像。
法皇は、黄褐色に染めた
僧綱衣[そうごうえ]と
袈裟[けさ]を着け、
浅葱色[あさぎいろ]の
指貫[さしぬき]をはき、
左手に数珠[じゅず]を持ち、
上畳[あげだたみ]に坐す姿。
だそうですって。
妙心寺展にて3→
利貞尼像。
利貞尼[りていに](1455~1536)は、
美濃の斎藤利国[さいとうとしくに]の妻。
亡夫追悼のため、
悟渓宗頓[ごけいそうとん](1416~1500)
に帰依した。
永正6年(1509)、買得した
仁和寺真乗院[にんなじしんじょういん]
の土地を、妙心寺再興のために寄進。
妙心寺には、
そのとき利貞尼が自ら書いた
敷地寄進状が伝来する。
これにより妙心寺の寺域は
大いに広がり、
のちの発展の礎[いしずえ]となった。
妙心寺展にて4→
利貞尼敷地寄進状
だそうです。
なんだか、凄いですな、
どのくらいで、購入したのかな?
妙心寺展にて5→
国宝 瓢鮎図
有名?人だかりが
できていたなあ。
よく知られる室町水墨画の名品で、
如拙の代表作。
「瓢箪[ひょうたん]で
鮎魚[ねんぎょ](鯰[なまず])を
押さえ捕れるか」という
足利4代将軍・義持[よしもち]の
問い掛けに応じて
描かれたことが知られ、
図上には31名にも上る
五山僧たちの「答え」も記されている。
妙心寺展にて6→
重要文化財 花卉図屏風[かきずびょうぶ]
海北友松(1533~1615)の筆。
さすがに、素晴らしかったです。
妙心寺展にて7→
重要文化財 玩具船と、
豊臣棄丸坐像[とよとみすてまるざぞう]
ですが、展示では、別々展示です。
豊臣棄丸[とよとみすてまる]
(鶴松[つるまつ])は
秀吉念願の実子であったが、
わずか3歳にして夭逝。
その葬儀は妙心寺でとりおこなわれ、
寺内に御霊屋[みたまや]が築かれた。
玩具船は、
実際に棄丸が乗って
守[も]り役に引かせたもの。
珍しいものですね。
このほかには、
伊達政宗夫婦像の軸や
春日局像や
政所殿の姉の軸等々、
珍しい展示があって
良かったなあ。
そうそう、こちら→
龍虎図屏風は、
残念でした。
展示終了だったんですなー。
狩野山楽(1559~1635)が
「妙心寺屏風」と呼ばれる
背の高い屏風に描いたもの
だったんです。
漢字の軸の文字は読めないので、残念だったなー(展示物多し!)。
まあ、早々に退席?です。
今回は、特に購入品はなかったです。
この後、実は映画(きょう1日は映画1000円の日)を見てから帰宅です。
上野公園にて1→
大寒桜です。
もう、満開です。
上野公園にて2→
残念やー!!
曇り空なので
桜の花が映えないです。
きょうも、桜の花が
見れたから良しとしますか。
上野公園にて3→
キリンと桜。
あ、桜わかる?
上野公園にて4→
頭上の赤い色。
カンヒザクラです。
こちらも、
青空じゃないので
少し寂しい?
上野公園では、満開の「大寒桜」が、数本ありました。
でも、きょうは寒くて、ゆっくりと、観桜などとは、言っていられませんでした。
それにしても、先週月曜日から崩れたお天気は、なかなか回復しませんなー!!
カラとした、お天気が戻るのはいつ?
で、寒いしねー、今週もお天気が悪そうですなあー。
きょうは上野の東京国立博物館 平成館で開催されている、「特別展妙心寺」に出かけました。
朝、9:30開館ですが、9時前に着いたのですが、もう30人くらいの行列でした。
並んでいると、雨がパラついたりしていました。
で、この展示は、東京ではきょうまでなんです。
この後は、
平成21年3月24日(火)~5月10日(日)
京都国立博物館 共催/読売新聞
平成21年10月10日(土)~11月23日(月)予定
名古屋市博物館 共催/中日新聞
平成22年1月1日(金)~2月28日(日)
九州国立博物館 共催/西日本新聞
と、各地を興行?です。
まあ、「開山無相大師六五〇年遠諱を記念しての「妙心寺展」が開催」ですから、全国行脚ですね。
正法山妙心寺は臨済宗妙心寺派の本山で、
インドの達磨大師さまから中国の臨済禅師さまを経て、妙心寺開山無相大師さまへと
受け嗣がれてきた一流の禅を宗旨・教義としています。
1337年、95代の花園法皇さまの勅願によって創建された妙心寺の開山、無相大師さまの法流は
四派に分かれ、全国3400ヶ寺に広がっています。
お釈迦さまを大恩教主と尊崇し、その教えを心にいただく禅の安心を求めます。
開山無相大師さまの最期の教え「請う、其の本を務めよ」と開基花園法皇さまの「報恩謝徳」の聖旨による
仏法興隆を実践します。
ま、これ妙心寺のHPにあります。
妙心寺展1→

残念ながら、
ポスターに掲載されている
「龍虎図屏風」の展示は、
会期前半(1月20日~2月8日)で
終了していました。
従って、きょうは、
「花卉図屏風」が
展示されていました。
平成館→

きょうは天候が悪くて
雲り空ですねー。
隣の館では、
福沢諭吉展が
開催されていたなあ。
禅宗は、法(仏法の真理)が師から弟子へと伝えられることを特に重視する宗派です。
禅は初祖達磨[しょそだるま]によってインドから中国に伝えられ、
のち六祖慧能[ろくそえのう]、臨済義玄[りんざいぎげん]、楊岐方会[ようぎほうえ]、
虚堂智愚[きどうちぐ]を経て、南浦紹明[なんぽじょうみょう]に至ります。
妙心寺の開山(初代住持[じゅうじ])、関山慧玄[かんざんえげん](無相大師[むそうだいし])は、
大応国師[だいおうこくし]南浦紹明から大燈国師[だいとうこくし]宗峰妙超[しゅうほうみょうちょう]へと
伝えられた法を受け継いでいます。この法脈を「応燈関[おうとうかん]」といいます。
は、良くわからないなーー!!??
妙心寺展にて1→

国宝
宗峰妙超[しゅうほうみょうちょう]
墨蹟[ぼくせき]
関山[かんざん]道号[どうごう]
これは、
雲門関[うんもんかん]という
公案によってさとりをひらかれた
関山慧玄[かんざんえげん]
(無相大師[むそうだいし])に、
師の宗峰妙超(大燈国師[だいとうこくし])が
授けた「関山」の道号と、
道号に添えた偈からなる。
愛弟子への激励の意を込めた書。
なのだそうです!!
妙心寺展にて2→

重要文化財 花園法皇像。
妙心寺開創を発願[ほつがん]した
花園法皇(1297~1348)の画像。
法皇は、黄褐色に染めた
僧綱衣[そうごうえ]と
袈裟[けさ]を着け、
浅葱色[あさぎいろ]の
指貫[さしぬき]をはき、
左手に数珠[じゅず]を持ち、
上畳[あげだたみ]に坐す姿。
だそうですって。
妙心寺展にて3→

利貞尼像。
利貞尼[りていに](1455~1536)は、
美濃の斎藤利国[さいとうとしくに]の妻。
亡夫追悼のため、
悟渓宗頓[ごけいそうとん](1416~1500)
に帰依した。
永正6年(1509)、買得した
仁和寺真乗院[にんなじしんじょういん]
の土地を、妙心寺再興のために寄進。
妙心寺には、
そのとき利貞尼が自ら書いた
敷地寄進状が伝来する。
これにより妙心寺の寺域は
大いに広がり、
のちの発展の礎[いしずえ]となった。
妙心寺展にて4→

利貞尼敷地寄進状
だそうです。
なんだか、凄いですな、
どのくらいで、購入したのかな?
妙心寺展にて5→

国宝 瓢鮎図
有名?人だかりが
できていたなあ。
よく知られる室町水墨画の名品で、
如拙の代表作。
「瓢箪[ひょうたん]で
鮎魚[ねんぎょ](鯰[なまず])を
押さえ捕れるか」という
足利4代将軍・義持[よしもち]の
問い掛けに応じて
描かれたことが知られ、
図上には31名にも上る
五山僧たちの「答え」も記されている。
妙心寺展にて6→

重要文化財 花卉図屏風[かきずびょうぶ]
海北友松(1533~1615)の筆。
さすがに、素晴らしかったです。
妙心寺展にて7→

重要文化財 玩具船と、
豊臣棄丸坐像[とよとみすてまるざぞう]
ですが、展示では、別々展示です。
豊臣棄丸[とよとみすてまる]
(鶴松[つるまつ])は
秀吉念願の実子であったが、
わずか3歳にして夭逝。
その葬儀は妙心寺でとりおこなわれ、
寺内に御霊屋[みたまや]が築かれた。
玩具船は、
実際に棄丸が乗って
守[も]り役に引かせたもの。
珍しいものですね。
このほかには、
伊達政宗夫婦像の軸や
春日局像や
政所殿の姉の軸等々、
珍しい展示があって
良かったなあ。
そうそう、こちら→

龍虎図屏風は、
残念でした。
展示終了だったんですなー。
狩野山楽(1559~1635)が
「妙心寺屏風」と呼ばれる
背の高い屏風に描いたもの
だったんです。
漢字の軸の文字は読めないので、残念だったなー(展示物多し!)。
まあ、早々に退席?です。
今回は、特に購入品はなかったです。
この後、実は映画(きょう1日は映画1000円の日)を見てから帰宅です。
上野公園にて1→

大寒桜です。
もう、満開です。
上野公園にて2→

残念やー!!
曇り空なので
桜の花が映えないです。
きょうも、桜の花が
見れたから良しとしますか。
上野公園にて3→

キリンと桜。
あ、桜わかる?
上野公園にて4→

頭上の赤い色。
カンヒザクラです。
こちらも、
青空じゃないので
少し寂しい?
上野公園では、満開の「大寒桜」が、数本ありました。
でも、きょうは寒くて、ゆっくりと、観桜などとは、言っていられませんでした。
それにしても、先週月曜日から崩れたお天気は、なかなか回復しませんなー!!
カラとした、お天気が戻るのはいつ?
で、寒いしねー、今週もお天気が悪そうですなあー。
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