芝・増上寺にて
きょうのお昼休みに、増上寺に寄ってみました。
大殿の中には、お昼の休憩?しに、サラリーマンが多数いました。
不謹慎?ながら、昼寝か!ま、確かに落ち着ける空間でありますなあ。
浄土宗大本山「増上寺」
増上寺が開かれたのは、明徳四年(1393年)、浄土宗第八祖聖聡(しょうそう)上人に
よって開かれた。
徳川家の菩提寺→
遺影と位牌ね。
安土桃山時代、徳川家康公が関東の地を治めるようになってまもなく、
徳川家の菩提寺として増上寺が選ばれました(天正十八年、1590年)。
家康公がときの住職存応(ぞんのう)上人に深く帰依したため、と伝えられています。
慶長三年(1598年)には、現在の芝の地に移転。江戸幕府の成立後には、
家康公の手厚い保護もあり、増上寺の寺運は大隆盛へと向かって行きました。
なるほど!
で、
増上寺には、二代秀忠公、六代家宣公、七代家継公、九代家重公、十二代家慶公、
十四代家茂公の、六人の将軍の墓所がもうけられています。
成る程です。
「浄土宗」
法然上人(法然房源空)→
長承2年(1133年4月)
父漆間時国
母秦氏、
美作国久米南条稲岡庄に
生まれる
承安5年(1175年3月)
阿弥陀仏の本願の真意感得
浄土宗を開く
43才。
善導大師→
(613~681)
浄土宗は、
宗祖・法然上人に対し
善導大師を高祖とし、
お二人を浄土二祖と呼び
その徳をしのんでいます。
本尊阿弥陀如来像→
大殿にてです。
静寛院和宮像→
こちら、
家茂公正室で
悲劇の皇女として知られる
静寛院和宮像と
位牌ですね。
仙台へ戻る時、東京駅の大丸地下で、弁当を購入して、
新幹線で、食べながら、戻りました。
平次弁当→
¥1,155円也。
つい、「大丸」のみでしか
売っていない!
弱い、そのセリフに!
2段重弁当。
何で「平次」?
あー、㈱雅が
神田明神下か!
千代田区外神田2丁目8番9号
ま、神田明神下ってーのでか!
成る程です!
大殿の中には、お昼の休憩?しに、サラリーマンが多数いました。
不謹慎?ながら、昼寝か!ま、確かに落ち着ける空間でありますなあ。
浄土宗大本山「増上寺」
増上寺が開かれたのは、明徳四年(1393年)、浄土宗第八祖聖聡(しょうそう)上人に
よって開かれた。
徳川家の菩提寺→

遺影と位牌ね。
安土桃山時代、徳川家康公が関東の地を治めるようになってまもなく、
徳川家の菩提寺として増上寺が選ばれました(天正十八年、1590年)。
家康公がときの住職存応(ぞんのう)上人に深く帰依したため、と伝えられています。
慶長三年(1598年)には、現在の芝の地に移転。江戸幕府の成立後には、
家康公の手厚い保護もあり、増上寺の寺運は大隆盛へと向かって行きました。
なるほど!
で、
増上寺には、二代秀忠公、六代家宣公、七代家継公、九代家重公、十二代家慶公、
十四代家茂公の、六人の将軍の墓所がもうけられています。
成る程です。
「浄土宗」
法然上人(法然房源空)→

長承2年(1133年4月)
父漆間時国
母秦氏、
美作国久米南条稲岡庄に
生まれる
承安5年(1175年3月)
阿弥陀仏の本願の真意感得
浄土宗を開く
43才。
善導大師→

(613~681)
浄土宗は、
宗祖・法然上人に対し
善導大師を高祖とし、
お二人を浄土二祖と呼び
その徳をしのんでいます。
本尊阿弥陀如来像→

大殿にてです。
静寛院和宮像→

こちら、
家茂公正室で
悲劇の皇女として知られる
静寛院和宮像と
位牌ですね。
仙台へ戻る時、東京駅の大丸地下で、弁当を購入して、
新幹線で、食べながら、戻りました。
平次弁当→

¥1,155円也。
つい、「大丸」のみでしか
売っていない!
弱い、そのセリフに!
2段重弁当。
何で「平次」?
あー、㈱雅が
神田明神下か!
千代田区外神田2丁目8番9号
ま、神田明神下ってーのでか!
成る程です!
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